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1972(昭和47)年、沖縄が日本に復帰すると同時に、芭蕉布は県の無形文化財に指定され、平良敏子はその保持者としての認定を受けた。またその2年後には、国指定の重要無形文化財として、彼女を代表とする「喜如嘉の芭蕉布保存会」が保持団体として認定を受けている。
こうして沖縄を代表する伝統工芸品として認知されるようになると、本土からの注文も増え、買い取り価格もようやく上がってきた。1978(昭和53)年には、個々の品質格差をなくすため規格を統一し、証紙が貼られるようになる。
技術者の高齢化と後継者不足により、この頃から生産量は徐々に減少していくが、品質と社会的評価はますます高まり、1981(昭和56)年にはポーラ伝統文化振興財団から第1回伝統文化ポーラ大賞を授与され、記録映画「芭蕉布を織る女達」が制作された。この作品は現在、村立芭蕉布会館で見ることができる。
1984(昭和59)年には通産省の「伝統工芸品」指定を受けるため、喜如嘉芭蕉布協同組合を設立。その2年後、村立芭蕉布会館が完成し後継者育成事業もスタートした。この会館は生産拠点であると同時に、年間2万数千人が訪れる芭蕉布のPR施設でもある。
糸芭蕉の用途には芭蕉布だれにとどまらない。「うばさがら(表皮)」は以前から芭蕉紙の原料として使われているが、最近はブーケやしおりなど、ペーパークラフトの素材としてもよく利用されている。また、糸にできない外皮の繊維は「しーさー苧(うー)」と呼ばれ、沖縄各地の獅子舞の獅子の毛として毎年大量の注文を受けている。そのほか、苧炊きに使った後の木炭は焼き物の上薬に使われるなど、その波及効果は多方面に渡っている。
現在、喜如嘉での年間生産高は約250反。後継者を育てるには時間がかかる上、織り手の高齢化など不安材料は多いが、多くのみなさんのご理解とご支援を得ながら、大宜味村のみならず沖縄が世界に誇れる伝統工芸、喜如嘉の芭蕉布を今後も守り育てていきたい。
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